2017年10月20日

その衝動が風となり落ち葉を舞い上がらせた

 
フロントアクトでの出演交渉の結果、当然若手なのでノルマ設定が科される。

当時の若手アーティストの苦悩の1つであるノルマについて、後輩のラッパー・神門がノルマ地獄という曲を作ってたが、ホントに苦しい。
1枚2000円のチケットを20枚とか30枚とかをノルマとし、客を呼び込む。
今の年齢で冷静に考えれば、客を持っていない、客を呼べるわけではない若手に時間を売っているのは当然だと思う。実績ないし。
けど、これはホントに深く当時の僕を悩ませたとこである。

ライブの持ち時間は10分。仮に1MC+1DJで20枚ノルマだと40000円でこの時間を買うのだ。
当時のイベントはだいたい22pm~5amが一般的で、リハなどを含めて約8時間。分にして480分。
神戸の箱はどんなに高くても一晩20万円以内だった。 
10分に換算するとだいたい4500円いかないくらいか。

まあイベントってのは、ゲストのギャラからドリンク保証、フライヤー印刷など様々な経費がかかるのだが、
少なく見積もっても10分で40000円は本当に若手には苦しい金額だ。
必ず、どこかで潤う人がいる事もわかっている。
それでも僕はまずは出る事に意味を見出していたので、フライヤーの片隅に小さく,ホント小さく記載された、
【FRONT ACT LIVE】という凄い疎外感のある括りでのライブに挑んだ。

フロントアクトは僕を含め3組くらい出てたと思う。
出番は3番目、この中では一番いい位置で出させていただいた。
オーガナイザーは僕の名前や、活動をしている事は知っているが、実際にライブは見た事がないそうで、
ただの未経験者って訳ではないので、この位置でと配慮してくれたらしい。

少しでも人が増えている時間が希望だけど、まぁ、何番目でもいい。

フロントアクト1組、そして2組が終わった。
正直、僕には何の印象にも残らなかった。
だって、イベントオーガナイザーやその取り巻きに影響を受けて、虎視眈々と出演を狙ってた若手一派だ。
当然、メインアクトと同じ雰囲気のライブをやるんだから、インパクトは何もなかった。

自分たちは、このイベントとは毛色が異なる事、もっとhiphopって色々なスタイルがあるんだよってこと。
これさえ表現出来ればいい。それだけで今日の意味があると思っていた。
そして、出番がきた。

ライブが始まるとき。
だいたいは、前のライブDJが繋ぎ用の曲をかけ、次のアクトがライブ準備を行い、整えば1曲目のトラックが流れライブが始まる。

でも、僕はいきなりMICを握る事はしなかった。
前のライブの雰囲気やライブDJの残していったトラックから、自分たちの曲に繋ぐのは正直気持ち悪い。
音楽的な流れもクソもない、単純な流れ作業とすら思えた。

そこで僕らは、神戸の尊敬するスケーターでありトラックメイカーのJNY THE WEEL(スケーターならFESN 43-26関連て言えばわかるはず)の12インチA面2曲目に収録されている、
PURPLE ALARMというインストを1曲丸々掛けた。時間にして4,5分位か。


先述したが、僕はここのオーディエンスは日本語ラップや、そのイベントのアクトやゲストこそがhiphopで、
それ以外には基本的に興味がないのか知らないのかは知らないが、話題になる事はなく音楽的視野は本当に狭いと感じていた。

この曲が神戸から出ている正真正銘、hiphopである事を、僕から提案した形だ。

当然客はザワつきはじめ状況を理解出来ずにいたと思う。そりゃライブがすぐに始まると思ってるのに、今までのアクトと少し雰囲気の違うラッパーがステージ袖に待機しているのに、
全然ライブが始まらない。このイベントじゃ、インスト4分って時間、超長い。
JNYくんのヴァイオリンがフロアで響き、かなりの異空間と、オーディエンスがステージを懐疑的な目で見る状況が整ったのを見計らい、僕は一気に1バース目を始めた。

僕は3曲キックした。
僕の曲は、プジョヘンザー、セイホーみたいなコール&レスポンスはないし、パーティSHITもない。
基本的に、怒りから出来上がった曲が多い。

1曲、2曲と勢いでこなし、最後の3曲目。
僕の相方DJ takeには、このインストをかけてって事だけ伝えてた。
実は3曲目は、ライムもフローも無い、ただビートにのせてオーディエンスへ問いかけた語りに近い即興の提言だった。
フリースタイルラップでもない、ただただ僕の感情を言葉にしただけ。

オーディエンスにしたら、なんだコイツは?って思うひと多かったと思う。
今でもしっかり覚えているけど、
僕はフロアに向けて、ちゃんと自分の目で、耳で音楽を聴けよ、パーティのノリだけで音楽語んなよ。
可能性は無限大だよ、くだらない損得勘定や先輩後輩の上下関係とかぶっ壊せ、って。

僕らは基本的にここにはいない、クラブはここだけじゃない、いい音楽は自分で探せって。

僕のライブは10分の予定だったけど、押してしまい20分近くやっちゃったと思う。
オーガナイザーさんには申し訳ない。
ライブ中、フロアから黄色い声も、掛け合いも無かったけど、ライブが終わったら、大きな歓声と拍手をもらった。
よくわかんないけど、僕の言いたい事や熱意だけは伝わったんだと。こんなhiphopもあるんだと。

「落葉って、ちょっとヤバイね」って。


2017年10月12日

Seen It.


先輩とのイベント共催となり、これまでの取り組み方やライブなどを思い返し、少しでも自分の存在やスタイルを表現しアピールしたいと思うようになり、
今までは内輪でワイワイしていただけのイベントだったが、フライヤーの作り方からストリートでのプロモーション、そして自分自身のトラック選びからと意識はかなり変わっていった。

十数名いたクルー全員が出演出来る訳でもないし、自分が拾ってきた共催イベントという事も踏まえ、これからを見据えてがんばろうとしている奴を僕らのイベント代表としてクレジットに加えた。
全員出れると思ってた人、何で俺らのイベント色を他のイベントに合わせないといけないのかと思う人、
当然、様々な意見が噴出したが、自分自身の思うよう貫き、結果それでよかったと思っている。
(最終的にはクルーは分解してしまったが。)


先輩と行動を共にし、少しづつだがストリートとの繋がりが増えいく。
そして、自分でフライヤーを蒔きに行く。
少し顔を覚えてもらったら、ショップやクラブで会うたびに
「あ!こないだの。あん時はどーも」 
これだけで楽しかった。

そしてイベントを迎え、当日はとことん打ちのめされた思い出が一番強い。
リハから音の1つ1つへのこだわり、DJのかける音圧の違い、照明との連動、客へのおもてなし。
全てにおいて完敗だったのは間違いない。
でも自分のライブは幾分好評で、先輩や先人、オーディエンスから沢山声をかけてもらった。
たくさん知らない人がテキーラを飲ませてくれた。
会場だったクラブPi:Zのボス、1102さんからも直接褒めてもらい、次のイベントへブッキングもしてくれた。
しかも会場にいた、関西アンダーグラウンドの雄、土俵オリジンのDJ WESSUNや、
ストリートでの存在感の凄かった、THE CROWNなど様々な友人やアーティストと出会っていき、
どんどんと活動範囲も広がっていく。

色々なパーティで共演し、色々な友人が出来ていく。これが繰り返された。



そんな時の神戸のhiphopシーンは、
OLDNEW CAFEやBeberのある象ビルで開催されるメインストリーム勢と
Pi:z,OTO-YAで開催されるアンダーグラウンド勢といった構図であった。
象ビルでは、バスケのユニを来て水泳キャップのようなドゥーラグを被り、アメ車で50cent/In Da Clubが掛かってた。
当然、客のギャルは可愛い娘も多く、華やかなイメージだ。

かたやPi:zなどで流れる音楽は90s hiphopを中心に、ミドルスクールやアブストラクトなど多彩で、魅力的だった。
チャラい感じとは正反対の、ストイックさ。そしてジャンル問わず音楽が好きって人が多かった。
TBHのBOSSのリリックで「好きな曲を教えてください、その曲の意味を教えてください」とあったが、凄い共感してたなー。
絶対、メインストリーム勢にはわからないだろう、ノリだけで楽しんでるんだろうと思ってた。
(これは当時の勝手な妄想です。てか音楽聴かない人も同じような格好してたし)



そんな時、知り合ったDJたち。
次第に同い年の面子が集まり、結束し、方向性が同じ同志と次のステップへ向かうため、
新たなクルーが出来た。【誠】である。
誠はとても変則的であった。ラッパーは自分だけ。あとはDJの集団(スタート時は1MC+5DJ)。
僕の中で誠は、ラップグループではなく、音楽集団という意識が強かったので、
フロントマンは自分ではないと思ってたけど、
DJ陣は自分のスタンスで取り組んで欲しいし、DJの、特に選曲はセンスだと思ってたので
可能な限りスポットを浴びせたくて、自分がフロントマン的役割を担っていた。
大阪・鶴の間・SoundChannnel・NOON,FLATt、京都WHOOPEEZとか純粋に音楽が好きな人たちが集まるクラブを見つけては
通い、踊り、次第に僕らはそういった人たちへ届けたい、躍らせたいと思っていた。
ジャンルじゃない、思想や姿勢、生き方の部分へのアプローチだった。

僕らの好きな音楽を流すイベントに共感してもらう方法。
一番手っ取り早い方法、僕がヤバイライブをして誠の名前を売っていくことだ。
そこで知り合う関係者やオーディエンスを自分たちのパーティへ取り込んでいく、
そして魅力を感じてもらう。 これが一番だ。

チャラ箱代表だった象ビルのBEBERで行われているイベントがある。
そのイベントは若手への影響力が割と合って、出演者は日本語ラップを主に聴いている人が多く、
オーディエンスは音楽を知らない人、音楽を一方向からしか見ずに知った顔をする人などが多かった印象だ。決して悪口ではないが。

そのイベントが国内ゲストを招き、そういった人たちへ知見を深めてもらう意味合いがあったのだろう。
そこへ、僕はアプローチを掛けた。
「フロントアクトでいいので出してくれ」と。

もう、待ったなしだ。僕はその場へ乗り込んでいった。