2017年12月25日

親不孝ナイトPart 2

ひとつエピソード。

クラブ帰り、腹減ったねって事で皆で牛丼屋へ向かった。
朝食をとりながら、今日の反省点とか意見とか皆で話しあってたとき。
何かひとつの言葉がキッカケで、Oil BROSが取っ組み合いの喧嘩を始めた。
「てめえ、表でろ。ぶん殴ってやる!」

改めて活字にしたら、洋楽パンクロックアーティストの和訳みたいだけど、
いや、でもその時の僕は超焦ってて、必死で止めてたと思う。
音の抜き差しや、映像のタイミングなど細かいディテールがかみ合ってなかったようで
バトルが始まったようだ。

酒の勢いもあったかもしれない。
でも兄弟で、ここまで本気で向き合って取り組んでいる。
かたや瞼が腫れるほどの殴り合いが出来る。

ある程度バトルが終わったら、また普通に次のライブなどの話に戻る。何事もなかったかのように。
これがOilWorksの根っこの強い部分なんだと、認識出来たエピソードだ。


そんなこんなで、次の日も続々色んなアーティストがオイルハウスへやってくる環境の中、オリーブさんが
「今日は、BASEってクラブでパーティがあるんだ。オチバもライブしなよ」
と誘ってくれた。
「やるね?よし、決まり。今から街に行こう」
と、色んな事がトントン拍子で事が進み、皆で天神WALKER。
色んな店に行って、色んな人に紹介してくれて。ほんとびっくりするぐらいに皆があたたかい。
天神での数ある逸話の中でも、
たったいま目の前にあるラジオ局を、福岡の某グループが襲撃した話とか凄かった。

時間も良い感じになってきたので、晩飯食いに行くか!となり、飲み屋に行くと。。

そこには既にRAMB CAMPのラッパーで、オリーブさんとのUNIT、EL NINOのFREEZさんが待っていた。
「おーオチバ、オリーブから聞いてるぜ。今日は金はいらん。何でも飲んで好きなもん食ってくれ」
他所から来た人間を客人として、しかもめちゃくちゃ手厚いおもてなし。
しかも飲む量が凄い。。
ここでも地方の話、ツアーの話。凄いいろいろなインプットがあり、酒もハイペースで、正直ぐったり気味になってたけど
ライブの話になったら超真剣で、神戸の事や音楽事情をかなり詳しく聞いてきたりと非常に熱心な人だ。
「そういや、ちょっと前に神戸から来たドレッドヘアでアイリーなやつとであったぜ。しってるか?」
「たぶん、わかるっす。神戸のシーンの先輩っすよ。軽自動車でツアーしたり」
「そうそう、そいつだよ。あいつ滅茶苦茶だったけど、良いやつだった。よろしく伝えてくれよ」
そう、I.M.Fこの猪瀬くんが先に街に来ていたようだった。
福岡でも神戸のライオンは轟かせていたのは嬉しい話だ。

そして一行と共にBASEへ。
FREEZさんが、
「ここは俺達のクラブだ。さっきも言ったが金はいらん。好きなもんを飲め」といって
芋焼酎のロックを出してくれた。(もうロックはキツカッタ。。)
ほんとこの人の兄貴肌には感銘を受けた。
たぶん福岡に来た客人は、皆おなじ印象だろう。

早い時間から客もパンパンになり、
出演者の朋晃(ツキツキニッコウと呼ぶ)とか超キャラの濃いアーティストがフロアをあげていく。
そして僕の出番。
オリーブさんがライブDJを勤めてくれて、即興でポピーさんがVJをしてくれる。
サンプリングしたBjorkのイントロが今までに無いイメージでスピーカーから飛び出していった。

あんまり喉の調子が良くなかったようで、自分としては満足出来ないライブだった。
が、色んな人から声をかけてもらって、神戸にも興味を持ってもらえたみたいで、その点においては良かった。
バーカンでFREEZさんにライブの感想を聞いていると、横にいた男性が「あんたのライブ、面白いね」って声をかけてきた。
「でも全然まだまだ。もっと努力しなよ。もっと良くなると思う。まだ音に喰われてる」って。

この男性と意見交換をしていて気付いた。
この人、MIC JACK PRODUCTIONの名曲「SEVEN SEAS VOYAGE」に参加している、YURAさんだった。
この曲は個人的に好きな曲で、よく聞いていた。顔も知らないがYURAというラッパーについてはとても興味を持った。
YURAさんは酒の勢いもあってか、色々とキツーく指摘してくれた。
でも、経験からの言葉で、芯が通っていて、ある意味痛快な言葉使いだった。

また素晴らしい出会い、素晴らしい経験をする事が出来た、充実の親不孝ナイトPart2だった。

2017年12月20日

親不孝ナイト


指定された薬院の川沿いで待ち合わせ、初めて邂逅した。

僕は顔をしってたけど、オリーブさんは僕を知らない。
でも待ち合わせ場所についた途端、道路の反対側から、
「おーい、オチバ!ういーす」って声を掛けて貰った。

なんでわかったのか訳を聞いてみたんだけど、はぶらかされた。
待ち合わせ場所に自分一人がいた訳じゃなくて、色々な人が行き来する場所。
今でも何故分かったのかわからない。笑

軽く挨拶を交わし、足早にオリーブさんの自宅へ向かうと、そこにはポピーさんやゾルジさんなど既に様々なアーティストが集っていた。
オリーブさんが皆に、「神戸のラッパーで、超いいよ~」なんて紹介してくれて、皆で昼間っから飲んだ。
街の事、ルーツの事、音楽の事。特に好きなバンドについてはかなり熱を持って話した。

特に印象的だった話が2つあって、
ひとつは、僕の母方のルーツである徳之島って島が鹿児島県にあるんだけど、Oilworksの2人は徳之島出身だった。
これは凄いねってかなり盛り上がった話だ。
同じルーツを持つ年齢も、住んでる街も違う人たちが、今この場で同じ音楽をシェアしながら、情報交換をしている。
とても不思議なご縁ってもんだ。

そして何より、2つめの印象的な話は、
北海道のMJPのボス・B.I.G JOEはまだオーストラリアに収監されている時期だったんだけど、あと2年で出てくる。
その時にTBHのBOSSと一緒に曲やる事になったんだよって話をしてくれた。
すごい興奮したよ、これには。

その日、皆といろんな情報を交換し、インプットも完了したところで、
「オチバ、今日DJするんだけど遊びにいこーぜ」って事で、確かStussyの周年パーティだったと思う。
一路、親不孝へ。

夜の親不孝は昼間とは全然違う顔で、人々は超ハッピーな顔をした人ばかり。
しかも良い人が多くて、一晩で永住したくなるような気にさせてくれた。

パーティも早い時間からパンパンで、熱気が凄く、野郎たちのカロリーがハンパない。
しかも女は皆綺麗で、しかもフレンドリー。
オリーブさんが色んな関係者に紹介してくれたので、ペーペーの僕に対して皆は凄い低姿勢で、デモCDなんてかなりもらった。
あたかも自分が有名なアーティストのような気分だったけど、それだけ福岡でのOliveOilっていう影響力は凄いんだなと改めて感じさせられたもんだ。

バーカンで酒を飲んでると、
「自分まだまだなんすけど、本気でラップやってます。いつか神戸でも活動したいですっ」なんて言ってくれた若いMCがいた。
若いって言っても、僕自身は当時24くらいだったので3つ4つくらい年下の子だったと思う。
WU-TシャツにStussyのバケットハットが印象的な彼は、たしかMC BOOKという名前だった。

「この後ライブするので絶対見ててください」

こんな僕に、こんなにもアピールしてくれる。しっかりと見させてもらった。
グループだったのかな?ステージに何人か立ってラップしてたのは覚えているんだけど、
今となっては細かなディテールは、あまり覚えていない。
ただ凄く素直に音楽好きな人だったような事は、しっかりと覚えている。
※余談:BOOKは何年か前に、この世を去ったって聞いた。真偽は分からない。
    あくまで噂なのかも知れない。でも本当だったら、こんなに悲しい事は無い。

メインゲストのオリーブさんのプレイは、地元だけあってかなり盛り上がった。
当時オシャレDJ達はこぞってHIDEOUT系の音源をプレイしていたけど、黒い黒人音楽であるJAZZをプレイに絡めるのはあまり見た事が無かった。
ただJAZZをMIXする人は沢山いたけど、自分の音源+その流れでブレイクビーツに繋いでいき、フロアはカオス状態だった。
そして何より黒かった。

酒の出る量も凄い。
神戸では、僕ら若かったてのもあるけどテキーラショットで乾杯するのがスタイルだった。
これは客人を招いた時も、いつもこのスタイルだったけど
福岡ではテキーラなんかよりも芋焼酎の消費量がホントびっくりする位。
クラブにいる野郎は皆のんでいたんじゃないかってくらい。

良い感じに遊んで、その日は帰ろうかって話になり皆でオリーブさん宅へ戻った。
とっても刺激的な夜だった。