2017年11月24日

GO WEST.

その後も僕は自分なりのペースは崩さず精力的に活動をした。
それでも自分たちのパーティには人が余り集まらなくて、次第に開催の間隔もあき
僕は自分の活動にプライオリティの重きを置いていった。

その時期は、プロモーション用に作っていたデモ音源を色々なパーティでばら撒いていた。
神戸・大阪・京都。

普段パーティには先輩たちと足を運び朝までワイワイするのが日常的だったけど、
自分が好きな音を流すパーティには一人で足を運び、オーガナイザーやDJに配りまくった。
自分のプロモーションは、みんながワイワイしている間に、ひっそりと周りには内密に行うのがやり方だったし
次にそのパーティに遊びに行った時、自分の曲がプレイされてたらホントうれしかったもんだ。

良いコメントも悪いコメントも沢山届いて自分自身反響に驚いたんだけど、
ある日、ネットに上がっているDJの音源を聴いている時に、
PCに一通のメールが届いた。

「送信元:OILWORKS」
そう、福岡のオイルワークスのボス OliveOilさん(以下、オリーブさん)からのメールだった。



あれはいつだったか、あるパーティに遊びに行った時の事。
クレジットにOilworksが記載されていた。
名前は印象的だったので前から知っていたが、実際どんな音を出す人なのか良く知らなくて、僕の目当ては別のDJだった。

その日のオリーブさんのプレイが始まってから、音圧でまずぶっ飛ばされた。
この人の出す音、すげーな。
トラックのセオリーとか細かい仕様とかは全然わからないけど
弦楽器のチョイスや旋律、ループの部分とか、凄く印象的でカッコいいトラックを作ってる人だと思った。
しかもVJ、弟のPopyOilさんとの融合が凄くて、ちょっと衝撃を受けた。
この時はオリーブさん達と話すきっかけもなかったんだけど、ほんと痺れた夜だった。

ある日の夜、それを思い出してOilworksのWEBへアクセスした。
サイトにアップされている音源、ビジュアルデザイン共々やっぱこの人たちカッコいいわと確信し、恐る恐るサイト内にある
「CONTACT US」ボタンをクリックした。

どうしても僕の音源を聴いて欲しかったのだ。
僕の音源に対して、意見が欲しかったのだ。

そしてそれから何日か何ヶ月か忘れたけど、少し経ってから先のメールが届いた訳である。
オリーブさんから貰ったメールは
「ここ数ヶ月で聴いた音源で一番よかったよ、いつか福岡で遊ぼうな」
という内容だった。

福岡という街の音楽シーンは、正直よく知らなかった。
Natural Nine NationRAMB CAMPっていうグループしか知らなかったと思う。
ただRAMB CAMPの音源は誰かに焼いてもらった事があって、
ちょっと神戸では見ない、地域の色を出したオリジナルなラップをしてるという事は知っていた。

先のメールから何度かやりとりをし、音源を送ったりしている内に、どんどん福岡に興味が沸いてきた僕はすぐに福岡行きのチケットを確保し福岡の街を知るため、単身親不孝へ向かった。

たぶんメールのレスを貰ってから2ヶ月くらい経っていた。


福岡の街の第一印象は、ただただデカイ。
大阪とも神戸とも違う、オリジナル。
ストリートには人が沢山で、神戸とは比べ物にならない位の規模だった。
観光ってわけではないけど、昼間の街を見たくて天神を歩いた。

神戸も含めどの街もそうだと思うけど、昼と夜の顔は全然違う。
歩いてる人も何もかも。

そんな時、一人の男が声を掛けてきた。


「すいません、ちょっといいですか」

建物や街を見回してた僕は、スっとその人の顔を見た。


…全然知らない男だった。

「私、福岡でモデル事務所のスカウトをやっている○○と申します」
「福岡で○○っていうTVがあるじゃないですか、そこに出てもらえませんか?それから雑誌とかのモデルに展開していきたいんですけど、芸能に興味ないっすか?」
「すいません、僕神戸から来てて、そのTV知らないんすけど」
「そうねんですね!是非今から事務所でお話出来ればと思うんですが~」
「僕、既にホ○プロに在籍してるけど、大丈夫ですか~」
「…わかりました、それはマズいっすね」

ただのスカウトマンだった。笑
なんでホリ○ロ在籍って言ったんだろう。。笑

その後、デモ音源をばら撒きに何店舗かのレコ屋を回ったのだが
どの店でも、オイルワークス関連は大きな扱いで 街を代表するアーティストなんだなと
再確認出来た。
神戸のレコ屋では、ここまでプッシュするのを余り見た事がない。
神戸って街は、正直あまり地元を盛り上げようって意識が見えない街で
シーンとレコ屋、ストリートとの密接関係はちょっと薄い。
それ故、福岡のストリートのシーンとの関係性は少し羨ましかった。



そして僕はオリーブさんに電話をしたのだった。

2017年11月16日

THA MASTA BLUSTA


そのイベントで好評だったのか、数日たってからオーガナイザーの方から連絡をもらった。
「次の11月にBigパーティを企画してるんやけど、出る?」って感じだったと思う。

正直、こないだのイベントで言いたい事いっちゃったし、相変わらずノルマあるし、、。
しかもBigパーティはチケット価格も超高くて、ノルマきついなあ、、、と思ってた。
その前にライブの印象とか教えて欲しかったし、良かったのか悪かったのか、反応はどうだったのか、そもそも見てないのか。
これって若手、同じアーティストをどういう風に見てるかよく分かった行動だった。
人間的な面かな、やっぱリスペクト出来ないなと思って断ろうと思ってた。

その時、「出てもらうゲストはM.O.S.A.Dなんだよね」 
僕は直感で「宜しくお願いします」って言ってた。
いや、だってTOKONA-X! トコナが出る!
しかもその他にDJ KENSAWも!西の証言!

ゲストはRYUZOANARCHYなどビッグな面子が揃っている。

僕はいつだったか日本語ラップをよくディグってる時期、さんぴんCAMPのビデオを擦り切れるまでみてた。
証言もそうだし、ギドラもブッダも超格好よかった。雷、KEMURIプロダクション。
色んなものを吸収してた。
でもオープニングかな?会場へ向かうヘッズ達の様子などを流しているシーンで掛かってた、DJ HAZUのトラックに興味津々だった。
そこからDJ HAZU関連の事をディグりはじめたけど、
あんまりインターネットも普及してないし、ライナーノーツのSpecialThanksから広げたりしてた。
そういう時期に知った、ILLMARIACHIだ。
どこかのレコ屋で買ったアナログが最初の出会いだ。
なんだ、このフロー。超オリジナル。唯一無二という言葉がピッタリだった。
さんぴんCAMPで映像にはなかったけど、トコナ18歳でさんぴんCAMPに出てたって知って、そこからトコナの虜だった。
その後のトコナの活躍はよくご存知だと思うので割愛するけど、何せ そのトコナと同じパーティである。

この時期の僕の好きな音楽とトコナ関連の音楽は全然融合出来なくて、
そのパーティでも浮いてしまうのは確実だった。

そして。



パーティの少し前、トコナはこの世を去った。
(来週22日はトコナの命日。もう13年経つ)

僕は何の面識もないし、何のつながりもない。ただ、このパーティだけは本当に楽しみだった。
オーガナイザーはパーティを開催するべきか悩んだと思う。でも開催する英断を下した。
それには当然ゲストもトコナ抜きで出演するって事を決断したからだ。
リハの段階で今まで感じた事の無い空気、誰も笑わないしかなり重たい。
いざイベントがスタートしても、客もどうやって楽しんだらいいのかわからない、
すごいカオスな状態だった。
楽しいのか悲しいのかよくわかんない空気だ。

僕も勝手ながら、心の中で追悼の意をもってライブに挑んだのを覚えてる。
正直、自分の言いたい事とかスタンスとか二の次で、ホントただの虚無感しかなかったし、自分が憧れたアーティストへの気持ちを言葉にしたただけの、一地方の一若手のフロントアクトライブ。

ライブ後、一人のラッパーが声をかけてくれた。
姫路の超怖そうなグループのLOWBLOWのフロントマンのMAX3さんだ。
見た目からしてM.O.S.A.Dのようなイカつさ。
「自分のライブ、めっちゃよかったわ。ちょっとシビれた」ってな事を言ってもらった。
普段、自分とは世界観の違うアーティストから、そんな事行ってもらってホントに嬉しかった。
それだけで出てよかったと思っている。


MOSADのライブもグッと来たな。
トコナはいないけど、そんな空気のパーティは中々経験できないし、あんな心境のアーティストに会う事も中々できない。
僕はいい経験が出来たと思っている。

でも、、ノルマは痛かった!
その日からオカズのない、白米だけの毎日が続いたよ。