2017年12月20日

親不孝ナイト


指定された薬院の川沿いで待ち合わせ、初めて邂逅した。

僕は顔をしってたけど、オリーブさんは僕を知らない。
でも待ち合わせ場所についた途端、道路の反対側から、
「おーい、オチバ!ういーす」って声を掛けて貰った。

なんでわかったのか訳を聞いてみたんだけど、はぶらかされた。
待ち合わせ場所に自分一人がいた訳じゃなくて、色々な人が行き来する場所。
今でも何故分かったのかわからない。笑

軽く挨拶を交わし、足早にオリーブさんの自宅へ向かうと、そこにはポピーさんやゾルジさんなど既に様々なアーティストが集っていた。
オリーブさんが皆に、「神戸のラッパーで、超いいよ~」なんて紹介してくれて、皆で昼間っから飲んだ。
街の事、ルーツの事、音楽の事。特に好きなバンドについてはかなり熱を持って話した。

特に印象的だった話が2つあって、
ひとつは、僕の母方のルーツである徳之島って島が鹿児島県にあるんだけど、Oilworksの2人は徳之島出身だった。
これは凄いねってかなり盛り上がった話だ。
同じルーツを持つ年齢も、住んでる街も違う人たちが、今この場で同じ音楽をシェアしながら、情報交換をしている。
とても不思議なご縁ってもんだ。

そして何より、2つめの印象的な話は、
北海道のMJPのボス・B.I.G JOEはまだオーストラリアに収監されている時期だったんだけど、あと2年で出てくる。
その時にTBHのBOSSと一緒に曲やる事になったんだよって話をしてくれた。
すごい興奮したよ、これには。

その日、皆といろんな情報を交換し、インプットも完了したところで、
「オチバ、今日DJするんだけど遊びにいこーぜ」って事で、確かStussyの周年パーティだったと思う。
一路、親不孝へ。

夜の親不孝は昼間とは全然違う顔で、人々は超ハッピーな顔をした人ばかり。
しかも良い人が多くて、一晩で永住したくなるような気にさせてくれた。

パーティも早い時間からパンパンで、熱気が凄く、野郎たちのカロリーがハンパない。
しかも女は皆綺麗で、しかもフレンドリー。
オリーブさんが色んな関係者に紹介してくれたので、ペーペーの僕に対して皆は凄い低姿勢で、デモCDなんてかなりもらった。
あたかも自分が有名なアーティストのような気分だったけど、それだけ福岡でのOliveOilっていう影響力は凄いんだなと改めて感じさせられたもんだ。

バーカンで酒を飲んでると、
「自分まだまだなんすけど、本気でラップやってます。いつか神戸でも活動したいですっ」なんて言ってくれた若いMCがいた。
若いって言っても、僕自身は当時24くらいだったので3つ4つくらい年下の子だったと思う。
WU-TシャツにStussyのバケットハットが印象的な彼は、たしかMC BOOKという名前だった。

「この後ライブするので絶対見ててください」

こんな僕に、こんなにもアピールしてくれる。しっかりと見させてもらった。
グループだったのかな?ステージに何人か立ってラップしてたのは覚えているんだけど、
今となっては細かなディテールは、あまり覚えていない。
ただ凄く素直に音楽好きな人だったような事は、しっかりと覚えている。
※余談:BOOKは何年か前に、この世を去ったって聞いた。真偽は分からない。
    あくまで噂なのかも知れない。でも本当だったら、こんなに悲しい事は無い。

メインゲストのオリーブさんのプレイは、地元だけあってかなり盛り上がった。
当時オシャレDJ達はこぞってHIDEOUT系の音源をプレイしていたけど、黒い黒人音楽であるJAZZをプレイに絡めるのはあまり見た事が無かった。
ただJAZZをMIXする人は沢山いたけど、自分の音源+その流れでブレイクビーツに繋いでいき、フロアはカオス状態だった。
そして何より黒かった。

酒の出る量も凄い。
神戸では、僕ら若かったてのもあるけどテキーラショットで乾杯するのがスタイルだった。
これは客人を招いた時も、いつもこのスタイルだったけど
福岡ではテキーラなんかよりも芋焼酎の消費量がホントびっくりする位。
クラブにいる野郎は皆のんでいたんじゃないかってくらい。

良い感じに遊んで、その日は帰ろうかって話になり皆でオリーブさん宅へ戻った。
とっても刺激的な夜だった。