2008年4月16日

Rainbow...


早いもんで、先日4/10にdj klockさんが亡くなられて1年が経った。
もうそんなに経つんだなーって感じです。

第一報が入ってきた時は、本当に動揺してたし何か凄い突然だったから、とりあえず色々な友達に電話したのを覚えてる。


4/10はdj klockのmixを寝る前にかけて色々考えながら寝た。
音楽だけじゃなくて、生きる事にしかり人生にしかり。

難しい事じゃなくて、ただ何となく考えてた。

答えはでないけれど、自分自身を精一杯生きてるってだけで いいんだろう。
ただ生きるんじゃなく、精一杯。




追悼の意-DJ KRUSH

でも針を上げない、カートリッジをあげない。


先が見えない着陸地点を遥か彼方に見据え数々の景色が、通り過ぎて行くだろう事を予測し
自信と期待と不安が入り交じる胸の奥底を傷だらけで指紋だらけのアナログ盤に刻まれた数ミリの不安定な溝を歩く。
33回転、時には、45回転。針トビなんか年がら年中、時には針がポッキリ折れちまう。
イントロが過ぎ去り、これから溝の密度が濃くなり大事な音色を出そうという矢先になぜ、自分で針をあげちまったんだ? クロック? タンテの電源まで切りやがって……。
妥協が嫌いなお前がどうした? そんなにお前さんのレコードは歩けないほどキズ
だらけだったのか?
お前のセンスでなぜそのキズを音に変換して、ざまあみやがれと叫ばなかったんだ……。
ちょいと振動を与えるとすぐに針トビしちまう不安定なアナログ盤の溝。
針トビしないように各自、自分たちのやり方で日々、格闘して生活している。
厳しい世の中をレコードの溝にだぶらせ、今日も音を吐き出す。
曲が終わりそうになったらフェードインでミックスするんだ。
曲が終わりそうになったら強引にカットインでやり過ごせ。


自分との向かい合わせ。
その向かい合わせが、なかなかの、クセモノ。
自分と、どう向き合い、自分の顔をどの様な形で自分自身が受け入れ消化するのか。
自分自身を映しながら、その自分自身を確認する自分が居る。
自分のことなのだが、人いち倍手間がかりいちばん厄介な存在だなと、子供の頃か
ら薄々、気がつく自分自身。
そんな自分を同居させ何とかバランスをとり這いずり回りながら今まで生きて来られた。
自分と折り合いを付ける。自分自身と折り合いを付ける。
排除出来ないもうひとりの自分。前向きと後ろ向きの不安定な同居
折り合いを付ける? 誰の為に? 自分のために? 何のために?
レコード盤の溝が放つものは、音だけではない。


あなたの溝からは、どんな音楽が聴こえますか?
そしてクロック……そこには音があるのかい?