2013年4月12日

goodbye,20S and Hello,30S


はやいもんで来週で僕は30歳だ。

今思い返せば、20代はいろーんな濃い体験を沢山したなと思う。

20歳の時、学生だった僕は音楽にどっぷりだった。
専門学校でデザイン要素や理論を学び、放課後はスケボーとhiphop。
髪型は自家製のアフロ、SUPREMEのキャップに430のパーカー。
カーゴパンツにCREAMY SOUNDのベルトを垂らし、キックスはSUPPA。

(ここからは音楽に限って話します。)
懐かしいな、初めて主催したEventもこの時だった。
スゲーお客さんが来てくれて、NEPALクルーとも出会った時期。今でも鮮明に覚えてる。

就職もし、一人暮らしを開始。
新神戸って土地を選んだ理由は都会的で、且つナチュラリーな雰囲気を残していたから。
やっぱり新神戸って神戸の玄関口であるってのと、子どものころ新神戸からよく布引の滝を見に行ってたいい思い出もいっぱいあったからだと思う。

茨城のSPADEちゃんと布引の滝でチルしたのも、いい思い出。

この20代前半は本当に毎夜毎夜遊びまくったなあ。
当時はユースケくん(EMCEE STATE)と週末になったらPI:Zを筆頭に大阪・神戸・京都・徳島でずーっとハッチャけてた。
一緒にパーティを開いたり、遠征したり。
色々な人と繋がりを持たしてくれた事は本当に感謝しているしリスペクトしてる。

いつかの焼肉屋で『俺は一番お前と曲が書きたいねん!』て熱く語ってくれたのは本当に嬉しかった。

誠クルーで活動したのもこの時。
ニグロ、テツハル、テイク、タイセイ、ジャジー、ヒロちゃん。みんなずっと仲間だ。
もちろん音屋クルーのみんなもね。(熊木さん、安曽さん、徳久さん、知影ちゃん、清瀬)
本当に何から何まで世話になったな。

あとはBAPPLEクルー(ANDくん、脩くん)。よく通ったなあ。
仕事帰りにBAPPLEで立ち話しをして夜遅くに帰るのも日常茶飯事だったと思う。
特にANDくんの家なんて毎晩のように通わされた。笑 POPOくんも。

色々と回想しだしたらハンパない文字数になっちゃうから、もうこれぐらいにしようと思うけど、
人間として様々な人・事象から影響を受けたね、20代。


30代に突入する準備は出来てるっすよ。
30代のコンセプトは決めている。
光が射すようにあとは実行だね。

2013年4月4日

Keep it Naturally.



ご無沙汰。

新年度を迎え気持ち新たに!
Keep it Naturally.

2月3月は年度末って事もあり、なかなかビジーだったけど日々充実してたなーって思う。

まあ、心配事も沢山あったどね。


でね、ついに買ったんすよJ-45。
たぶん憧れは中学生の頃、山崎まさよし熱が相当きてて,そん時にジャカジャカと掻き鳴らす姿を観てからじゃないかなと。

父親から譲り受けたFG350Eで真似しても全然音の系統が違うくて初めてギターの音色の違いってのを考えた。

懐かしい。

大人になるにつれて、目標の一つってもんじゃないけど30歳になる頃には手に入れたい!て思ってた。
それを30を前に購入でき、気分良く三十代に迎えそうです。

まだ生後20年ほどしか経ってないJ-45だけど、ストロークの音色はしっかりしてるしとてもGibsonらしい良い個体に巡り合えたなって思う。

ホント楽器との出会いは突然来るし、タイミングも運も関係しててとても難しいもんです。


購入してからと言うものの息子の前で弾いてみたりするのですが、これがまた喜んでるんです。
まだまだ全然何の事か分かってないと思うけど、僕が鼻歌を歌いギターを鳴らすと両手を挙げて喜んでる。
離乳食の食べが悪いとき、ふと奏でると食べが良くなるんだって!

こういう何気ない幸せはホントに何物にも代えがたいもんだなーなんて思ったり。。
探していたものはずっとシンプルなもんだったんだなぁ。


よし、また音楽をやろう!
そう、Keep it Naturally!

2013年1月31日

感じる事がすべて、感じた事がすべて

先日述べた、フラワーカンパニーズの深夜高速。

この曲にはホントに助けられたなぁと思う。

初めて聞いたのは一人暮らししてた部屋での深夜のラジオ。
当時は昼間はサラリーマンをこなし、週末の夜はBarで働いていたんだけど
油と酒臭いまま帰宅し、自宅で一日の終わりを感じ倒れ込んでたのを思い出す。
なんせ凄くしんどい時期だった。

玄関のドアを閉じた時に訪れる、
突然の街の騒音から無音に変わるのが大好きだったので、
よく自宅につくやTVもつけず無音でタバコをふかしてたなあ。

でもその日はふとラジオを聴きたくなったのでFMをただなんとなく流してたら、
ラジオDJの人が語るエピソードに耳がとまった。

そこでの話を要約すると、
人に馬鹿にされても真面目に頑張ってきてよかったっていう話だった。
一生懸命に生きるってホントに素晴らしくカッコイイ事だってDJの人が話してて
その後に流れた曲が、深夜高速だった。

ただ純粋に衝撃を受けた。疲れた体は疲れを忘れてた、ホントに。
「生きててよかった」この言葉の持つパワーは相当凄かったようで、
親父が調子くずした時、じいちゃんが死んだとき、
色々な悲しい出来事を思い出しても本当に生きててよかったって思えた。

そして「感じることだけが全て、感じた事がすべて」。

人間関係のしがらみ、生きていきにくさ。
音楽やってた時のつらさとか、楽しさ、社会に出てからのつらさ、楽しさ。
出会い、別れ。

すべて、感じる事だけ 感じたことだけが全てだったな、と。
それ以来、この曲大好きになったなー。

それとね、こんなんもあります。
この曲は色々とカバーされてるんだけど、当然原曲の素晴らしはさておき、
大好きなWorld'send Girlfriendと湯川潮音がコラボレーションしているのがYoutubeで聴ける。
WEGが作りだす雰囲気は原曲よりも叙情的で、湯川潮音との相性がとても良いと思う。

一言、素敵な曲です。

2013年1月30日

深夜高速



先日のアルジェリアの事件以降、ずっと頭から「深夜高速」が離れない。
(※フラカンの曲。詳細については後日また書きます)

生きてる事と生かされてる事、死ぬ事と殺される事。
ほんと、深く考える事が多くなった。
子どもが生まれてから、やっぱり生命についてかなり衝撃受けたしね。

僕も色々と辛い事もあったし、大事な人も亡くした。
でもその分だけ楽しい事も嬉しいこともありました。

やっぱり今はホントに思うよ、『生きててよかった』

2013年1月24日

one's senses

アルジェリアの人質拘束事件について。

事件の詳細・経緯はおいといて、
アルジェリア政府による軍事作戦は無差別に近い(当然、人質も含む)空爆であったとされ、
政府は関係各国に突然の突入を通告していなかった可能性も高い。

この作戦に対する各国の反応も様々で、
アメリカは「テロはテロでしかない」とアルジェリア政府の対応を評価してるけど、日本は遺憾の意を出してる。
関係諸国と日本の意識にズレがあるってのが明らかになっている。

そもそも日本と外国の安全意識、危機管理なんか全く違うでしょ。なぜなら日本の国境は海でしょ?
大陸の国にはもともと国境なんて無くて、戦争によって区画されているんだよ。
いつだってそのラインは不安定なもんだと思う。いつだって緊張感バリバリだからこそ戦争について全く日本人と意識は違って当然。

そう考えていくうちに色々なジレンマに襲われる。
平和ってなんだ? 戦争は? 宗教や国家とは?
反戦歌を歌ったら左翼?  ラブ アンド ピース? イマジン?

何が答えなんか全然分らないけど、じゃあ僕はどうなんだろうなんて疑問だって生まれる。
僕の考えは一体どうなんだろう。

ほんと昨日はこの事についてばかり考え、頭から離れなかった。

2013年1月7日

Happy,2013


早いもんで、もう2013が開けて1週間も経過し年々時間が経つのが早く感じていく。

あけましておめでとうございます。

これまでの新年一発目の記事を読み返してみたら、やたら「足かけ○年~」って書いてて、じゃあ今年は足かけ何年なんだっ!?って事で計算したら7年も経過しておりました。。
まぁ、実際開始したのが2007/12なんで、足かけ7年実質6年って感じなんでしょうが。

でも6年も少しづつでも更新していけて凄くうれしく思ったりもする。
色んな事がある毎日で、これまで書きたい事だけ書きたい時に書いてきて、でも何やってんだろーなんて思う事もある訳です。
アップダウンは当然あるんだけど、ここに訪れてくる人もまだ一定数いて、そういった人に向けて何か楽しい事書けるけないかな~なんて思ったり。。
でも、やっぱり僕にとってのアウトプットの手段だし、書きたいことを書きたいときに書こうって思います。

20代最後のクリスマス、そう29歳のクリスマスを昨年むかえ 当時10歳くらいだった自分が等身大の世代になった。
あの頃の自分が描いてた29歳と現実の自分なんて比べようがないけど、29歳のクリスマスは嫁と息子と過ごす事ができ幸福だと思える人生を歩めていてよかったと思う。

あとマライアキャリーの名曲が現在でもバリバリだし、貫禄なんてすげーもんだよって、子どもの頃の自分には内緒で教えてあげたい。(当時可愛過ぎたもんね。)

うん、今年はもっと飛躍出来るように頑張ろうと思う。あとは家族の健康を一番に!!

happy,2013!