2017年8月4日

ジャージスタイル以降、まだまだ続くカルチャー

小学校高学年になると子供カルチャーから大人のカルチャーに興味を持ち出す人が多い。

それまではイケてる男子小学生のユニフォームと言えば、
エッジの効いたお洒落なジャージで それこそ足の速い男子が女の子にモテるって所と密接にリンクしていた。
ただジャージとして、イケてるブランド・ダサいブランドっていう格付けはあった。
これだけは曲げたくない意見だが、SUPERSTARのジャージはイケてなかった事は確かだと思う。



(画像左:当時だとイケてる評価を得れそうなジャージ)
  (画像右:教職員の御用達SUPERSTAR)

その小学校生活前期から中期後半あたりまでは幅を効かせていたジャージスタイルからの脱却、
次のチョイスで以降の各々の立ち居地が決まったと個人的には思う。
その話はまた今度。

音楽への興味だって、はやけりゃ小学校中期。
子供っぽいものを部屋から排除しはじめ、CDコンポを設置したり、ウォークマンを持ったりしだす人もいる。
そして聴いてる音楽のだいたいは当時のヒットチャートソングだ。
(まれに親の影響で洋楽などを聴いてる超絶マイナーキャラもいたりするけど。)
ここで音楽の波に乗り遅れたら、以降高校生あたりまでイケてる音楽へ1テンポ乗り遅れ、各々の立ち居地が決まると個人的には思う。

そうやって準備を整え迎えたネクストステージ(中学生活)、当時の僕はアコースティックギターとベースに夢中だった。
それまで聴いていたヒットチャートポップスから、ROCKとPUNKに目覚める。
それまで乗っていた24段変速マウンテンバイクから、スケボーの板へ変わる。
それまで着ていたジャージから、古着のTシャツ・ヴィンテージジーンズなどへの興味が移った。

これらカルチャー情報をキャッチ出来るのは、高校生・大学生あたりの兄がいる友人が最先端だったと思う。
何せ10代~20代前半に流行っている、生の世間のカルチャー情報を先行して入手できるのだ。
これはチートみたいなもんで、いくらアンテナを張ってもPCすら各家庭になかった時代、当時の少年には限界がある。
そんな境遇の人が友人にいたお陰で、当時の自分はアンテナの張れた、時代の旬な情報をキャッチできる、割とイケてたタイプだったのではと思う。(自負だ)

中学生の頃、世間のヒットチャートはglobeや安室ちゃんなどのTKサウンドや、
GLAYやL'Arc~en~cielなどのV系サウンドが全盛期で
中には綺麗な化粧をし一見女性のようで、でも背がバカデカイ喧嘩の強そうなIZAMなんていう人もいた。
今となってはただのオッサンの女装だけど、当時は美人に見えた人も多かっただろう、そんな時代。



僕らは自称イケてるタイプだったので早々とヒットチャートを抜け出して、
今のアラフォーたちが全盛期だったHi-STANDARDに虜だった。
でもGLAYなどは良く聴いてたし、当時のJPOPのクオリティは素晴らしいかった。




僕は英語の授業はあんまり得意ではなかったけど、サタデーのアルファベット綴りはハイスタに教えてもらった事は確かだ。
友人たちとギター、ベース、ドラムでコピーもよくやったもんだ。
ハイスタからスケボーにどっぷりとハマっていったし、
自宅で唯一MTVが映るクラスメイトに頼み、AIR JAMだって録画してもらった。
その録画からウォークマンで持ってない曲を録音する超絶アナログ手法だ。

まあ、それくらい貪欲にアンテナをはってた時代で、その後高校生近づくと次第にHIPHOPへ興味が移っていった。
だから自分が高校生になって、ハイスタが世間的に爆発したMAKING THE ROADが発売された時、
どっちかっていうとキングギドラ/空からの力のほうが良く聴いていた。
自分の中ではハイスタは既に消化し、一歩遅れ気味のコンテンツだったのだと思う。

でも心のどこかにハイスタは必ずいたのは事実で、アルバムも買ってちゃんと聴いてたし
大人気ソールドアウトだった、MAKING THE ROADツアーの音漏れを聴きにチキンジョージにも行った。



その後、ハイスタは活動休止に入り僕の中では既に歩みを止めたバンドとしてiTunesでしか流れることはなかった。
もうブラックミュージックにどっぷりだったのだ。
(それからの僕の音楽的生活は以前に記した通り)

そんな僕も20代を駆け抜け、30代が見えてきたとき、東日本大震災が日本を襲った。
未曾有の大災害ではあったが、
それがきっかけでハイスタがまた歩みだした時は嬉しかった。
DVDだって買ったし15年ぶりくらいにベースを鳴らしはじめるきっかけをくれた。
でも東北や横浜、こないだの福岡などAIRJAMに参加するっていう気持ちは、僕の中では全くなかった。
中学生だった僕にも、今じゃ家族が出来て、簡単にはいけない。
むしろ行きたい!って気持ちすら沸いてなかったしTVモニター越しにみるハイスタで納得していた。

去年、INSTAGRAMでハイスタの16年ぶりシングル発売!って事で大いに騒がれた。
で、今年はNew ALBUMが出る。18年ぶり、しかもツアーも開催だ。
場所は、、大阪城ホール。

直感的に、これは行くしかないと思い速攻で先行予約にエントリーし、こないだ当選通知が来た。
新しいアルバムのツアー、まだ収録曲だって発表されてないしどんなツアーになるのか、
駄曲ばっかりのアルバムなら演奏の大半が退屈なんじゃないかと心配もある。

でも、中学生の頃の自分、そしてHIPHOPに興味が移ってても
音漏れを聴きにいける、実は一番ハイスタが好きだった時代の自分に
今年は、20年越くらいの念願の初めてハイスタライブに参戦出来るよって教えてあげたい。

ピザオブのTシャツ、実家にまだあるかなー。。

2017年6月6日

Yo、ワッツアップ、こんちわ、元気ですか。














石の上にも3年と言われるけど、
【1年】という単位が駆け抜けるスピード感は年々上がっていく。
思春期の1年、30代の1年。
両方経験したらスピード感が全く違う事にびっくりさせられる。
スピードのせいにせず、コツコツと何かを頑張れる人間に勝るもんは何もないなと、年を重ねる毎に感じてる。
もう6月。

少し昔を思い出してみる。
干支がひとまわりする12年前。

当時22歳、親元を離れ、神戸・陸路の玄関口で一人で生計を立て始めた。
それはそれは毎日が刺激で溢れていた。
夜な夜なクラブで踊りあかし、乾杯し、泥酔し、二日酔いで通勤列車に飛び乗るも昼間は仕事に身は入らず、
仕事が終わると溜めてたDVDや書籍、雑誌を読みまくり、ご飯を食べたらまたクラブへ。
この生活は学生時代から変わらずで、学校では、社会では教えてくれない事を沢山見ること、知ることが出来たとても刺激的な毎日だ。

クラブでは、レコ屋でよく会う名前もよく知らない後輩、いつも女をはべらかしてるだけの先輩、
絶叫と虚無感を体言するオールドスクーラー。
中身なんてない唯の体育会系の付き合いや、他ジャンルのDJに教えてもらうレコード。
イケテル男子を漁っている自称日本語ラップ通の女、ぶっ飛んで失禁しているギリギリアウトな人。
色んな人と乾杯して、酒の話・女の話・街の話・音楽の話。いろーんな情報をゲットできた。

こんな刺激的な場所は、昼間の世界では見たことがない。
それは34歳になった今でも見つからない。

あんなに鼓膜とソウルを振るわせた情報ツールが、いつの間にか端末越しに見る活字がメインとなった。

人は年をとる。環境が変わる。生活が変わる。
昔のように「Yo、ワッツアップ」って簡単には会えない。
あの時よりも金はあっても時間が持てない。
でもそれは言い訳でしかないんだって、本当はわかっている。

じゃあ、どうするか。
やりたい事をやるのが一番だよ。もちろん出来る範囲でね。
アンチロックシステム?社畜?ファッキンサラリーマン?なんだそりゃ。
決められた線路を進む人生?ブラック企業?なんじゃそりゃ。

ちがうちがう、その線路に、その列車に飛び乗ったのは自分なんすよ。

ソーシャルな世界で垣間見える華やかな世界も、裏を返せば寂しい人の幻想であったりもする。
目の前の今日、そう今の生活が、ここまで自分で選んできた道筋の通過点であり
線路なんてこの先自分で幾らでも作れるんすよ。

各駅停車でも特急でも、目指す方向があれば、何かにチャレンジしてれば
人生は楽しいぞ!

och.